2008年5月13日 (火)

新婚なの! 10-4

 
「懐かしいなぁ。全然変わってないよ」
「ふーん」

 窓辺に立ち、空の半ばまで上ろうとするお天道様を見上げて、呟くなのは。
温まりきっていない、朝の冷たい空気を取り入れようと、窓を開けます。
ドアは閉まっているので、部屋の中を通り抜けることはなく、足元を撫ぜるようにヒンヤリとした空気は入ってきました。
思わず飛び退いて、その空気から逃れようとします。
 なにズレたことやってんだ――
ヴィータは部屋の中央辺りで、頭の後ろに腕を組んでは周りを見渡しながらも、さも興味なさ気に答えました。

「んも~。……あ、ほら、見て? 埃も全然ないの。お母さんが掃除してくれたのかな」
「うーん? こりゃ違うだろ。昨日今日で掃除したんじゃねーよ。ちゃんと定期的にしてんだ」
「そっか。ヴィータちゃんったら分かるんだね」
「まーな。前にお前の部屋を掃除したとき、こんな綺麗にならなかったろ?」
「あ、あう……えへへ、そうだったかなー?」

 飛び退いた先にあったのは、使い慣れた、懐かし机。
着いて手をそのままに、人差し指で優しく撫ぜてみます。
少し自慢げに人差し指の腹を見せますが、それを無視して机の端をじっくり眺めるヴィータ。
呆れたような指摘に、なのはは素直に感心したつもりでしたが、嫌味で返され、恍けるしかありません。
小さく聞こえる溜息。
ごめんねー、とは言うものの、ヴィータの呆れ顔を元に戻すことは出来ませんでした。

「ったく。まあ、あれは、引き払う前だったし、全然帰ってなかったんだから仕方ないけどよ。今は――」
「あ、あー。それにしても殆ど帰ってきてないのに掃除してくれてるなんて嬉しいな~」
「……そりゃそうだろ。いつ帰ってきても良いようにしとくもんだ。――特にお前ん家の場合はな」
「……どういう意味?」
「言わなきゃ分かんねーか?」

 ヴィータとは視線を合わせず、机から離れ、反対側にあるベッドの端に腰掛けます。
埃の立たないようゆっくり落としたお尻には、ふんわりとした羽毛の感触が伝わり、それが干したてであることを窺わせます。
これは帰宅の予定を聞いて干してくれたようです。
しかも見覚えのない布団カバー。これも帰宅に合わせて新調してくれたのでしょうか。
でも、これ以外。
足の裏に触れる絨毯も、日差しを部屋へ招き入れている窓ガラスも。
何時。例え明日、急に帰ってきても良いように、普段から手入れがなされていることを容易に想像することができます。

「お前が何時、管理局を辞めても良いようにってことだよ」
「あはは。気の長い話だね」
「どうだか。どのくらい危険な仕事してるかって分かってりゃ、そう無理な心配でもないだろ? ま、生きて帰ってくれば、の話だけど」
「…………不吉なこと言うんだもん、ヴィータちゃん」
「そうやってさ。不安な気持ちを誤魔化してんの。分かってるんだろ」

 ヴィータは絨毯に視線を落とし、なのはから視線を逸らします。
どういうつもりで自分と一緒にココへ来たか。
いま、それを言うべきタイミングでないことも分かっていますが、言わずには居れないのです。
それが、指摘する桃子と同じ行動原理であることに気付かないまま。
対してなのはは、どこを見るでなくお天道様から目を背けるようにするだけ。
何度か遊びに来たことのある部屋で思い出話をするつもりだったのに、どうしてこうなってしまったのか。
どうしてヴィータがそういう態度をとるのか。
直ぐに答えは出そうにありません。

「まあ、今度からちょくちょく帰るんだな。桃子さんの努力が無駄にならな――いや、無駄になるようにかな」
「……無駄に、か」
「そうすりゃさ。毎日か、二日に一回か知らないけど。"よく実家に帰る娘の為に"って。それぐらいしたって罰は当たらないだろ」
「うん。そだね。じゃあ、今度から一緒に。なるべく帰ろっか?」
「な、なんでアタシまで付き合わなくちゃなんねーんだよ。お前だけ、家族水入らずじゃねーか」
「ざーんねん!」

 素早く立ち上がれば、左手でその小さな身体をさらい、有無を言わさず抱き上げます。
そのままの勢いで、ベッドへ倒れこむようにし、ゆっくりとお嫁さんの腰へ手を回します。
普段なら文句の一つも言って離れようとするのに、この時ばかりは黙ってしたいようにさせてくれます。
思わず頬が緩むなのは。
 こうやって甘やかすからダメなんだろうなぁ……
緩んだ顔をするなのはを見ながら、そう思わなくもないヴィータなのでした。

「ヴィータちゃんも今や立派な高町家の一員なんだから、一緒じゃなきゃダメだよー?」
「そ、そういうときは良いんだよ! じゃあ何か? アタシがはやてのところに帰るときはお前もついて来るって言うのかよ?」
「うーん、そうだなぁ……イヤだって言うなら留守番してるよ?」
「む、むぅ。そう面と向かって言われると」
「うそうそ~。そう言うの、ちゃんと分かってるから。私に遠慮しないでね~」
「……ちぇ。そう言うんなら普段から遠慮してくれっての」

 右手も回してしっかり抱っこすると、ゆさゆさ自分も揺れます。
左右に身体を傾ける度に胸に横っ面を押し付けられ、顔が歪むヴィータ。
しかし、自分の胸が割りとフラットなことをコンプレックスに思っているわけではないので、いやな気分ではありません。
ただ、はやてのおっぱい好きが伝染したのか、と少しだけ心配になるだけです。
それともう一つ当たるのが、なのはのサイドポニー。
頭に乗っかっては、くしゅくしゅと撫ぜてくすぐったいのですが、両腕を押さえ込まれどうしようもありません。
二人が揺れるたびにベッドがギシギシと音を立て、そのぎこちなさは、ベッドが主を迎え入れるのが久しぶりであることを窺わせます。

「ふ、ふぅ。ちょっと気持ち悪いかも……」
「調子乗りすぎなんだ。そんなに頭を揺らしたらそうなるに決まってんだろ?」
「そ、そういうヴィータちゃんはどう? 平気?」
「……平気じゃねーよ。お前の胸は当たって余分に揺れるし」
「ふっふーん。こーんな感じっかな?」
「むぎゅー! お前はそうやって抱きついてばっかいるんじゃねーよ!」
「ヴィータちゃんはそうやって私が抱きつきたくなることばっかり言うんだもん、仕方ないよ~」
「アタシのせいかよ!」

 余りに調子に乗って揺れを大きくするので、いい加減、わき腹を抓ることにします。
しかし、流石引き締まっているというか、掴み損ねて爪先でちょっと引っ掛ける程度になってしまいました。
これが逆効果とでもいうのか、普通に抓るより痛かったようで、なのはは手を離さざるを得なかったようです。
チャンスとばかりに、ベッドを離れ、二歩三歩と机に近づいたところで振り返ります。
ベッドの上では涙目でこちらを見るなのは。
ツンとした表情で、自業自得だ、と無言の抗議をするのでした。

「全く。油断も隙もあったもんじゃない」
「そう言ってぇ、隙だらけなんだもん。ダメだよ、ヴィータちゃん。私以外の人の前でそうやってするの」
「アタシがいつ油断したってんだ。それにな、お前の所有物でもないんだぞ」
「え~、油断だらけだと思うのに……あ、若しかして。それで"警戒してたの"?」
「ど、どういう意味だよ」
「ううん、なんでもないよ~。うんうん」

 一人納得したような態度に、なんだよー、と文句を言いますが、なのはは取り合いません。
何か腹立たしくて、問い質そうとしますが、こうやって近づくのは相手の思う壺。警戒してその場からは動きません。
余裕たっぷりにベッドに寝転び、手足を伸ばしてリラックスムードのなのは。
コレで近寄ったら絶対に押し倒される――アンテナは敏感にそれを察知します。
結局ベッドと机で言い合うばかりで、決着は付きませんでした。

「へ、へん。別に良いんだ。お前がそうやって思い違いをしてれば」
「どうかな? でも、思い違いを放っておくと後で大変だよ。私は頑固だから」
「ちぇ。分かってんなら直せっての、そういうところ」
「は~い」

 ふぅ、と一息。机に寄りかかって休もうとしたヴィータは、あることに気付きました。

「なぁ。この辺りにレイジングハート、置いてたよな? あのハンカチ、どうした?」
「えっとね、どうしたかな……う~んと。そうそう、引っ越す時にちゃんと持っていったよ。今は私の部屋にあるはず。でも、どうして?」
「いんや、別に。ただ、今は肌身離さず持つようになったからさ。どうしたのかなって」
「ふ~ん」
「な、なんだよ。その顔は。だから別にって言ってるだろ」

 ベッドに寝転んだまま、ニヤニヤとこちらを見つめるなのは。
またくだらない事を思いついたな、と思いますが、それを問い質すべきかどうか悩みます。
どうせ先ほどと同じく押し問答になるか、余計なことを口走って更に調子付かせるかのどちらか。
しかも今回は後者の算段が高そうなのだから余計に悩むのです。
こちらとしては、余り来たことのない部屋のインテリアや物が置いてあった場所など覚えていたとバレてしまうからです。
そんな心配は全く骨折り損でした。
時すでに遅し。
なのははヴィータが自分の部屋を詳しく覚えていてくれたことを嬉しく思い、それを隠し切れずに思わずニヤニヤとなっているのでした。

「うん、そだね。別にー、だね。えへへ~」
「く、くそぅ。余計なこと聞くんじゃなかった。ホントどうでも良いことだったのに……」
「何か言ったヴィータちゃん?」
「なーんも! 別に何にも言ってませんよーだ!」
「あん、待ってよヴィータちゃん」

 ツーンとそっぽを向いて部屋を出て行こうとすると、なのはは慌てて後を追うために、ベッドから飛び起きます。
久しぶりに活気を取り戻した部屋は、何時とも知れない、主の帰りを待つ、寂しい空間に逆戻り。
ただ、いつもより少し遅い、少しだけ温まった空気が、そよそよと辺りを満たしていくのだけが違っているのでした。

 

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2008年5月10日 (土)

新婚なの! 10-3

 
「そうなの。おめでとう、二人とも。ほら、お父さんも何か言ったらどうなの?」
「え? あ、ああ。そう……なのか? いや、まあそうだけど」
「あたしもちょっと驚いちゃったというか、う~ん」
「もう二人とも。だらしないわね。さ、ヴィータちゃん。腰を下ろしなさいな」
「は、はい!」

 軽く肩を抑え、ゆっくりとソファーに腰を下ろさせます。
いまだ身体の震えが抜けないようで、その小さな膝と、そこで丸められた手が小さく震えているのを見逃しません。
大丈夫よ、と落ち着かせるように、揺れるアンテナ頭を優しく撫ぜれば、大きく息を吐き、それと共に緊張も抜けていったようでした。
俯き加減の表情は窺えませんでしたが、もう大丈夫だろうと、情けない二人の間に腰を降ろします。
それを合図に士郎も腰を下ろし、美由希は眼鏡のズレを直しました。
そうこう母親がしている間も、娘は一人、デレデレと自分の嫁を見ているだけです。
 この場でまともな話を出来そうなのは私だけね――
そう判断した桃子は、なのはに声をかけます。

「ところでなのは。結婚したのはいつなの?」
「え~っと、そうだなぁ。1ヶ月……もうちょっと前かな。まだあんまり寒くなかった頃」
「もう。そうならそうと早く連絡しなさいな」
「ちょ、ちょっと待って母さん。両親の同意とかいらない訳? なのははまだ未成年でしょ?」
「その辺ミッドは少し違うの。二人とも働いてるし、管理局務めだから。未成年でも両者の合意だけで良いの」
「まあ、就学児童が働いている時点で言いっこなしかも……」
「い、いやいや! それより大きな問題があるだろう!? そもそも女の子同士で結婚ってのはどうなんだ!?」

 士郎の疑問は尤もなのですが、それすらもなのはは涼しい顔をして答えます。
その答えに改めて世界の違いを実感させられる三人。
口をあんぐりと開けたまま、ソファーにへたり込むようにしている父親に、美由希は小さく溜息をつくのでした。
男を連れてきた時のことを考えれば恐ろしいことになってただろうけど、これはこれで目も当てられない姿だなぁ、と。

「とにかく。私たちはお店を開けなくちゃいけないからもう行くけれど、大丈夫?」
「あ、あー! そうだった! こんなゆっくりしてる場合じゃなかったよ! ほら、お父さん! 何時までそんな顔してるの!?」
「…………もう少し、このままでいさせてくれ――」
「甘ったれてないの! ほら、いくよ!」

 まるでヌイグルミか何かのように引きずられていく父の姿に、苦笑するなのはと桃子。
いまだ視線を合わせられないでいるヴィータに「ゆっくりしていってね」と声をかければ、ハッと顔を上げて頷いてくれます。
それを確認して、足早に二人の後を追い、情けない父親を二人で引き摺っては家を出て行きます。
何だかあっという間だった、結婚報告の興奮冷めやらぬリビングに残された二人。
桃子に声をかけられながらも、まともに返事が出来なかったヴィータ。
その事を悔いていると、隣のなのはが、クスクスと声を殺して笑っているのが聞こえます。
人がこれだけ緊張しているっていうのに、この気楽さはなんだ、と頭の上で笑う旦那に段々と腹が立ってきました。

「……あに笑ってんだよ、なのは」
「ふふふふ。べーっつに。なんでもないよ、なんでも」
「何でもないことないだろ。お前は何でもないのに笑ったりすんのかよ」
「そーだね。箸が転んでも可笑しい年頃だから?」
「聞くなよ。ったく。こっちがどんだけ苦労してあの一言を搾り出したと思ってんだ……」
「なぁに? もしかして私に褒めて欲しかったの? うんもー。そうならそうと言ってくれれば良いのに~」
「んぎゅ! 急に抱きつくんじゃねーって!」
「だったら今度から徐々に抱きつくね~。それとも抱きしめた方が良いかな?」
「どっちにしろ同じだろーが! 放せ、放せって!」

 見た目にも分かるほど頬を膨らませて拗ねるヴィータを抱き寄せては、ギュッとその顔を胸に埋めさせます。
腕の中でモゴモゴと動いては、わき腹を掴んだりポコポコと叩きますが、それすら楽しいぐらい。
ヴィータはこうしていると負けてしまうのが分かっているので、久しぶりに頑張って抵抗を試みているようです。
それを余計に面白がって放さないなのはでした。
 ちくしょう、このままじゃ……
ここは自分達の家と違ってなのはの実家なのですから、いくら二人きりでも、ベタベタしているのは悪いことのような気がします。
そう思って色々試してみるものの、頭を撫で続けるその手に、段々と抵抗心が萎んでいくのが自分でも分かりました。

「…………あれ? もう良いの?」
「……べっつに。ちょっと疲れたから休んでるだけ。元気になったらまた始めるぞ」
「そっか。ならそれまでこうしてて良いんだね?」
「――勝手にしろ。こういう時ぐらいゆっくりしてーんだよ。一々怒ってたら疲れちまうからな」
「そだね。普段からもうちょっと心に余裕を持った方が良いと思うよ。私もゆっくり抱きついてられるしー」
「バーカ。お前が一々アタシを心配させたりするから疲れるんだろうが。ゆっくりしてらんねーんだよ」
「あはははは。そうだったね。ヴィータちゃんにはいつも心配かけてばっかりだから」
「……そうだな。心配ばっかだ。アタシも――フェイトも」
「……そだね」
「だから。ちょっとだけゆっくりさせろ」
「はーい」

 物音のしない、二人きりの静かなリビング。
お天道様の光が差し込む窓の向こうからも、通勤通学を思わせる音は殆ど聞こえてきません。
その中で、大き目のアナログ時計が、チクタクと時を刻む音だけが聞こえてきます。
背中で日差しの暖かさを感じながらヴィータの頭を撫で、満足げに目を細めるなのは。
時計の針に合わせるように、耳に伝わる鼓動に目を閉じ、大人しくするヴィータ。
本当にさっきまでと同じリビングなのか、と思わせるほど、辺りは静寂に満ちていました。

「ねぇ、ヴィータちゃん」
「……あんだよ。まだ休憩中なんだ」
「やっと報告できたね。これで結婚の大仕事は一段落ってところかな?」
「時間、かかっちまったけどな。後は近しい人だな。メールだけじゃなくて、ちゃんと顔を見てさ」
「そうだね。私はアリサちゃんとすずかちゃん、かな?」
「その点アタシは楽だ。こっちの世界にゃいないからな。ま、リンディさんぐらいか」
「そだね。エイミィさんにも会わないと。カレルちゃんとリエラちゃんも久しぶりに抱っこしたいし」
「アルフの顔も久しぶりにな。滅多に会いにいけないしよ」

 抱っこされたまま、これからの予定を口にするヴィータ。
なのはは、たまには素直に抱っこされてくれれば良いのに、と思いながらも下手を言って怒られるのもイヤなので黙っています。
これはある意味ヴィータも同じで、もう少し素直になっても良いような……などと、決めかねているようです。
ただ、抱っこして、抱っこされてしまえば関係なく、お互いに黙ってその状態を維持するのでした。

「ずっとこうしてるのも良いんだけど、お昼まで時間あるし、どうしよっか?」
「……う~ん、そだな。ちっとはゆっくりして良いんじゃねーか? 久しぶりの実家だろ?」
「ヴィータちゃんがそれで良いなら良いけど」
「くっだらないね。いつもの我侭ぶりはどうしたんだよ」
「えへへー。じゃあ我侭言っちゃうねー!」
「んぎゅ」
「じゃあこのまま抱っこだよー」

 膝の上に乗せ、しっかりと抱えます。
実家に帰ってきたせいか、幾分かテンションが高くなってしまっているようで、腕の中のヴィータが戸惑っているのが分かります。
しかも、その戸惑いは、"旦那の実家"という、慣れない環境に変に高揚しているのも手伝っているように、感じられました。
引っ越す前。
何度か遊びに来て知らない家ではありませんが、その家でつい先日まで"他人"だった相手と抱き合っているのです。
そうならない方が変かもしれません。
でも、その戸惑いに似た感情は、ヴィータだけでなく、当然自分にもありました。
久しぶりの実家で数年来の"友人"と抱き合っているんですから。
お互いがお互いに。
普段と違う環境に、胸のうちを高ぶらせているのでした。

 

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2008年5月 9日 (金)

王子様とあなた。

 
 週の最後は、GWの締めとして春風さんの登場です。

 実のところ、今月号を読んでいないのでGWに実際なにがあったかは、春風さんの日記から読み取るしかないので、さっさと買ってこなければいけないのですけど。
そうかぁ。
蛍は泳げないんだ……
春風さんはじゃんけんが弱いんだ……

 さて。
今回の日記で、春風さんはいつもの如く「王子様(はぁと」とラブいっぱいに呼んでくれるのですけど。
一箇所、「あなたがいてくれてよかった(はぁと」とあります。
最初は「大切な私たちの――王子様と(はぁと」と呼び、その後も「王子様」は崩しません。
私たちの王子様であるのに、蛍を助けたところでは、あなた。
そして次には「頼もしい私の王子様」となります。

 私の、とついている限り、私→彼であるのに対して、あなた、と呼ぶのは、家族→彼、となっているからでしょうか。
王子様と呼ぶのは、私→彼の関係であって、あなた、と呼ぶときは家族→彼、ではないかと。
以前にも、あなた、と呼んでいたときがあったので、必ずしもそうではないのですけど。

 蛍がボートから落ちた下りでは、まだ王子様と呼んでいる春風さん。
ここでは言ったとおり「頼りになる私の素敵な王子様」といって評価している気がします。
しかし、「だから、本当に――」の部分。
この部分で、春風さんは、蛍の姉として、彼にお礼と評価をしたのだと思います。
次の瞬間には、いつも通りなのですけど。

 他の姉妹たちは、概ね一つの呼び方で彼を呼んでいるのですけど、こうして、場面・心情ごとに変え、その内面を読み取れるかのように変えてくるのも面白いですね。
ただ、春風さんの「あなた」は、どうにも新婚夫婦の練習を兼ねているような気がしないでもないのが恐ろ――いえ、可愛いところなんですけどね。
 

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2008年5月 7日 (水)

新婚なの! 10-2

 
「まさかこんな朝早く来るとは思わなかったから、母さん慌てちゃったわ」
「ハハハ。母さんは慌てん坊だからなぁ」
「なに言ってんの。一番に台所から飛び出した癖に勢い余って壁に激突したのはどこの誰よ?」
「そうよ。でなきゃ玄関で全員同着になったりしないでしょ?」
「あははは(それでも、お父さんとお姉ちゃんに追いつくお母さんが凄いと思うんだけどなぁ)」

 何とか玄関を抜け出し、愛しの愛娘とその親友を迎え入れた高町家。
朝食もそこそこに全員がリビングに集まり、なのはとヴィータをメインに、桃子に士郎、美由希という順でソファーに座っています。
三人共に寝癖がついたまま、服には皺が寄っていて、激突したという士郎は特に酷い有様です。
久しぶりに帰ってきた娘に、三人は話したいことが沢山ありすぎて逆に上手く口から出てこない様子。
なのはの、まあ落ち着いて、という言葉にも全く効果がないほど。
そんな三人をなのはは笑いながら見ていましたが、その中で一人。左手を隠すようにしながらハラハラとしている人がいました。

『おい、なのは』
「うん? どうし――『どうしたのヴィータちゃん』」
『あのこと。いつ言うつもりなんだよ。そのために来たってのもあるんだろうが』
『あー、そのこと。もう少し良いじゃない。そろそろ翠屋に行かなきゃいけないし、今話したら混乱しちゃうよ?』
『……ホントにそう考えてるなら良いけどな。うっかり忘れてたんじゃねーかと心配したぞ?』
『……あはははは。まっさかー。流石にそれはないよよよ』
「それでね。お父さんったら」
「もう~。相変わらずなんだから、お父さんは~」
「ひ、酷いぞ! 別にそういう意味じゃなくてだな――」
『…………』

 表情を変えず念話で会話する二人。
その間も、なのはは平然と家族との会話を続けています。
魔導師に必須のマルチタスク思考というので、だれも不振に思っていませんがヴィータは少し申し訳ない気持ちがしてきました。
向こうは久しぶりの会話を楽しんでいると言うのに、当の本人は頭半分で聞いているのです。
滞りなく会話のキャッチボールは行われています。
でもそれは表面上のことで、その実、半分は違うことを考えているとしたら悲しくならないか――そう考えたのです。

『まあ、今日のお昼には……』
『分かった。それはもう良い』
『へ? もう良いって、どういうこと?』
『せっかく帰ってきたんだからよ。今のはアタシが無粋だったって言ってんの』
『……? う、うん、分かった。ここはちゃ~んと私から言うから、ヴィータちゃんは安心しててねー』
『……へいへい。頼んだぞ』

 どうにも心配だ、思うヴィータに対し、ニコッと笑って応えるなのは。
どうにも驚かせようとそのタイミングを窺ってるんじゃないか?との気掛かりに、余り踏み込めない。
下手を打って、なのはの家族の前で見っとも無い姿を見せたくはありませんから。
もし、それを見込んでの言動なら――今のなのはならあり得ないとは言い切れない。
これが結婚報告の後ならば構わないのですが……こちらにも、それなりのプライドと言うものもあるのです。

「ところでなのは? どうしてヴィータちゃんと一緒に帰ってきたの?」

 一体どうやって切り出すのか、と眺めていたところで、不意に切り出したのは桃子でした。
士郎も美由希も、その指摘によって、初めて"ヴィータが一緒に帰ってきたこと"を不思議に思ったようで、顔を見合わせています。
 寧ろそっちの方が驚きだよ……
その様子に、改めて、なのはは高町家の人間なのだなぁ、と思うヴィータ。
そう思うのと同時に、隠すようにしていた左手の薬指が熱を帯び始め、自己主張を激しくし始めました。
隠れて見えないはずの左手を、更に隠すように後ろへ思わず引っ込めてしまいます。
それと呼応するように、視界の端のなのはは、デレっと目じりを下げては、頬がぽうっと紅潮させます。
――コレは一体!?
 高町家の面々に緊張が走ります。
この反応はただ事ではない――
士郎は、男でも出来たか!?と戦々恐々とし、まだ名前も知らない相手への殺意にも似た感情を全身から滲ませています。
美由希は父の変化に、ヴィータちゃんと関係ないじゃない、と冷静に分析したりしながらも、なのはの次の一言にワクワクと心躍らせています。
そして桃子。
なのはの反応とヴィータが隣にいることに、まさか?と思いながらも、何だか楽しそうね、と楽観的に構えています。
そんな高町家の面々の反応を他所に、一人デレデレと目尻を下げているなのは。

「あのねぇ。実は、私。高町なのは――いったーい!」
「バカ! もうちっとシャキっとしろ」

 デレデレと、身体をクネクネさせながらの砕けた様子に、思わずわき腹を抓ってしまうヴィータ。
涙目に見つめますが、しっかりしろ、とその大きな目で訴えかけられれば、なのはも従わざるを得ません。
オホンと咳払いを一つ。
気を取り直したなのはは、改めて家族に向き合うと、凛としたよく通る声ではっきりと言いました。

「私、高町なのは。この度ヴィータちゃんと結婚しましたことを、ここに報告させていただきます!」
「…………?」
「…………え、え?」
「……あら。本当」
「えへへー。そういうことなのです。ねぇー、ヴィータちゃ~ん」
「ひ、ひっつくなって! そういうちゃんとしないとこがダメだって言ってんの!」
「照れない照れない~。結婚報告はちゃんとしたんだからぁ」

 報告した途端、ヴィータを抱き寄せ頬擦りするなのは。
いつも通りに嫌がるヴィータと、いつも通りに構わず続けるなのは。
向かいに座る3人など放っての、余りに慣れた様子。
いままで、数々の普通では体験しえないような出来事に見舞われてきた高町家の面々も、流石に度肝を抜かれたようです。
どうあっても、やはり人の子。いえ、人の親、といったところでしょうか。

「ほ、ほれ。まだなんか言うことがあるだろ」
「なにが? 結婚報告ってこれぐらいだよ。ねぇ、お母さん。何か聞きたいことある?」
「――え、ええ。そうね」
「ま、待て待て待て! なのは、ヴィータちゃんと結婚したって言うのは本当か!?」
「うん、本当だよ。ね、ヴィータちゃん」
「あ、ええっと……」

 三人の視線が、ぐぅっと自分に集まります。
なのはが嘘を言っているとは思えなくとも、名前の挙げられた人物の発言は要、注目。
やっとのことでなのはから離れるものの、今度は、その視線に絡め取られたかのように動けなくなってしまいました。
三者三様。
敵意は全くないというのに、これだけ動けなくなるなんて――ヴィータは脇の下を汗が流れていくのを感じるのでした。
そうは言いながらも、話を振られてしまった以上答えなければなりません。
手前から順に視線を送っていきます。
平静を装いながらも、興味津々な桃子。
額に汗を浮かべながら身を乗り出すようにしている士郎。
隠そうともせず、ニヤニヤしながら眼鏡の奥で瞳を輝かせている美由希。
それぞれの思惑を秘めた視線。
しかし、そんな自分に注がれる視線の中。
ジリジリと焼けるようなそれは、自分の真横から感じられます。
 いま視線を合わせたらダメだ……!
ヴィータは経験に則っとり、顔を前に向けたまま旦那に意見を求めたりしないのでした。

「い、いい今、なのはが言ったとおりで、その……け、けけけけ――」
「ゴクリ……」

 膝の上で拳を固く作り、背筋をピンと伸ばしてしっかりと向き直りますが、グングン体温が上昇してそれどころではありません。
しかも、自分に集まる視線は更に熱を帯びていって、本当に焼けてしまいそうです。
この事態を打開するには、さっさと言うことを言ってしまわないといけないのですが、身体が全く言うことを聞きません。
喉だけでなく口の中までカラカラに乾き、飲み込む唾もないので乾きは酷くなるばかり。
脇だけでなく、顔も背中も、手の平にも汗をかいて、これだけ緊張するのは久しぶりです。

「あ、ああう……」
「ほら。ヴィータちゃん、頑張ってー!」
「なのは? それは応援するところじゃないと思うんだけど」
「わ、わわわわーってるよ……む、むぐぐ! ええーい!」

 立ち上がり、新兵がするように直立不動の構えを取ります。
ゴクリ。
目の前の三人の喉が下る音が聞こえたような気がしました。
 躊躇するな。別に大したこっちゃねーじゃん。
何度も頭の中で呟きますが、一向に緊張が解れる様子もなく、足の震えは全身に広がっていきます。
注がれる視線から逃れるように、僅かに顎を上げ、恥かしさを吹き飛ばすように大声を上げるのでした。

「こ、この度! ワタクシ! 八神ヴィータは! 高町なのはと結婚いたしましたー!」
「ほ、本当なのかー!」
「お父さん、そのツッコミは変だと思うよ」

 顔を真っ赤にし、湯気を立ち上らせて今にも倒れそうなヴィータ。
思わず腰を上げ、こちらも倒れそうにビックリしている士郎。
余りに情けない父の姿に仕方なく突っ込む美由希。
その間もヴィータから視線を放さない桃子は、いい加減固まったままの二人をどうにかする為にゆっくりと立ち上がりました。

 

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